痩せるだけじゃもったいない。ニューヨークのヨガは、ただのエクササイズを超えたライフレッスン

      2019/11/22

こんにちは、ERIです。

突然ですが、皆さんにとってヨガとはどんなものですか?

日本では、ヨガの中でもホットヨガが最も人気のようです。
自分自身の経験から推測するに、エクササイズ目的でヨガをされている方が多いのではないでしょうか。エクササイズだとしか思えないけれど、それにしては運動量が少なそうだから惹かれないという方もいるかも知れません。

私は日本で4年半ホットヨガをした後(運動した気になれる激しいクラスが好きでした笑)、デンマークで非常に運動量が少なく瞑想的な要素の強いアーサナを4ヶ月間行い、ニューヨークに来てからの1年は常温のヴィンヤサフローヨガを練習しています。

この約6年のヨガ歴を経て、自分がヨガをどう捉えるかが大きく変わりました。
エクササイズ以外の何物でもなかったヨガが、自分と向き合い、自分をより良い状態に導くためのライフレッスンになったのです。
全くそんな予定はなかったのですが、ヨガの奥深さに惚れ込み、渡米して半年でヨガ講師の資格を取ることを決めたほどです(笑)

日本のホットヨガの大手スタジオでは、レベル別にクラスが分かれ、同じクラスに行けば前回と同じ音楽を流しながら同じ動きを一時間繰り返すのが当たり前でした。

アメリカに来て驚いたのが、多くのクラスがオープンレベル(全くの初心者から上級者までレベルがバラバラの人が揃う)だったことです。
その分一つのポーズをとるにも指示が多様で、ファンポーズ(両足を大きく開いた状態で前屈したポーズ)を取る人の横で隣の人が三点倒立をしている光景をよく見ます。誰かがヴィンヤサという一連の動き(太陽礼拝という全身をまんべんなく動かすシークエンスの一部)をしている間に、隣でチャイルドポーズでお休みしている人がいるのもごく普通です。

同じオープンクラスであっても、先生によって、そして週によって内容はバラバラで、この一年以上、一度として同じ内容のクラスを受けたことはありません。

日本のヨガのクラスでは、どうしても隣の人と比較して自分のポーズがどうか気にしてしまっていましたが、こちらに来てから、そもそもレベルが全く違うので比べる意味がないことに気が付きました


アメリカのクラスでしつこいくらいに言われる言葉に、「自分の内に集中しよう」というものがあります。皆体つき(体格はもちろん、骨や筋肉等の形や接続含め)は違うし、その日のコンディションによってもどこまでポーズを深めるのがいいかは異なるから、先生の指示や他の人の目に左右されずに自分の体や心の声を聞いてね、ということです。たとえお手本から逸れてでも、自分の感覚に従ってどこまで自分の体を動かすかを決める。敢えて鏡が撤去されているスタジオも多いです。

周りと同じ動きをすることに慣れていた私にとって、これは大きなチャレンジだったのですが、習慣づいてくると、ヨガが単なるエクササイズではないことがよく分かるようになりました


たとえば、私はとかげのポーズ(ローランジの状態で足の内側に両手もしくは両肘を付いたポーズ)がとても苦手だったのですが、こちらでヨガを初めてしばらくは痛みを我慢しながら周りと同じくらいまでポーズを深めていました。
徐々に痛みが強くなり、それを何かの拍子に先生に話したところ、今すぐやめるように言われました(笑)
自分の体の感覚を伝えながら、その先生に提案してもらったモディフィケーションは、とてもとかげのポーズとは呼べないような簡単なポーズで、「他の生徒に交じってこんな姿勢を取らないといけないのかぁ」とがっかりしたのを覚えています。

その時に先生に言われたのは、「外から見れば何の問題もなくとかげのポーズが取れているように見える。体が痛いと言っているのを聞いて、ポーズの深さを調整してあげられるのはあなただけなのよ」という言葉。「痛みはあるけれど、ポーズを取れるようになるために必要な成長痛だろうし、やめた方がいい場合は私が無理していることを先生が見とってそう言ってくれるだろう」と思っていた私にとって、これは「自分の状態は自分にしか分からない」、「痛み=体の抵抗のある努力を続けてもうまくはいかない」という気付きを与えてくれました。

それからクラスでとかげのポーズをとる機会がある時は、薦められたモディフィケーションを取るようになりましたが、不思議なことに、体が気持ちいいと感じられるその姿勢を取るうちに、徐々に痛みなく本来のとかげのポーズが取れるようになってきたのです。しかも、かかった時間はほんの1~2ヶ月でした。

 

もう一つ忘れられないのが、カラスのポーズ(スクワットから両手を床に付き両膝を両脇に入れ込んで上体を前傾させ、足を床から浮かすポーズ)をマスターしたときのこと。

カラスのポーズは日本にいた頃から練習していたのですが、どう頑張っても1秒もキープできないことばかりでした。
こちらに来てもそれは変わらなかったのですが、チャレンジングなポーズをごく自然にとっているアメリカ人たちを横目にあらためてチャレンジしたいという気持ちが強くなり、今までと違う練習をしてみることにしました。

今までは、すでにマスターした人のやり方を見よう見まねでこわごわやってみるだけだったのですが、そもそもなぜできないのかを考えてみることにしました。
まずはポーズの取り方を調べ、もっと重心を前に持ってくる必要があることが分かりました。
しかし、それを知ったところで体がすくんでしまう。根っこにあったのは、「(顎からコケて怪我しないか)怖い」という感情でした。

そこでマットの上にクッションを置き、「怖い」という感情を取り払った状態で練習し始めたところ、数日で一秒以上キープできるようになり、数週間経って「怖い」という感情が消える頃には、クッションのない状態でも問題なくキープできるようになりました。


振り返ってみると、今までの自分の人生には本当は挑戦してみたいのになんとなく踏ん切りがつかず、自分に言い訳をして諦めたことがいくつもありました。その根底に恐怖や不安があったことも多かったのかと思います。

この経験以降は、ヨガ以外の場面でも、やってみたいのに尻込みしてしまう場合には、その理由を掘ってみて、そこに不安がある場合には、安心材料となるクッションを用意するようになりました。


アメリカのヨガのクラスでよく言われる言葉に、「体というのはあなたが思うよりずっと賢くて、あなたのことをよく分かっている」というものがあります。

緊張している時、不安を感じている時には、体が強張ったり、呼吸が浅くなったりします。
逆にリラックスしている時、快適な時には、深い呼吸をしていることが多いです。

たしかに、痛みを我慢してとかげのポーズを取っていた頃、ほぼ呼吸はできていませんでしたし、不安を感じながらカラスのポーズを練習していた時、体は縮こまっていました。

 

ヨガのクラスでは、まず初めに自分の呼吸や体に意識を向ける時間を取りますが、その時間を大切に過ごしてみると、何かストレスや負の感情を抱えている時には、歯を食いしばっていたり、眉間にしわを寄せていたり、肩に力が入っていたりすることに気が付きます。

私たちの脳は、いとも簡単に周りの期待やプレッシャーに負われ、そんな体の声に耳を傾けることなく、「怖い」「不安だ」「痛い」という体や心を強制的に頑張らせようとします
そうすると、少し前には進むものの、途中で歩みが止まってしまったり、成長が鈍化したりすることが少なくありません。

同じ目標を達成するにも、その人に合ったペースややり方はさまざまです。
変に期待することなく今の自分の状態と弱さ見つめ、それを肯定できると、自分を抵抗なく目標に向かって進めるための手立てが浮かび上がってくる気がします。


アメリカのヨガのクラスでは、よく「このレッスンでの気づきを、マットの上でもそれ以外の時も活かしてね」と言われます。
と同時に、「これはただのヨガなのよ(うまく出来なくても何の問題もないのよ)」とも言われます。

できることなら人生で大コケするのは避けたい。でも、失敗なしに学びを得ることなんてできない。

だからこそ、ヨガで小さくコケて、学びを得る。そんなヨガの捉え方が広がって、いずれ人間教育の一環として学びの場に取り入れられるようになったら面白いなと考えています。

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