芸術教育は人間教育。〝自分を知り、他者を尊重する“ことが自然と身に付くフォルケホイスコーレのアートクラス

   

こんにちは、ERIです。

今日は、フォルケホイスコーレの芸術教育を中心に、フォルケホイスコーレの教え方・教わり方について書きたいと思います。

アートクラスルーム

TV番組『奇跡のレッスン』からもらったヒント

少し話がずれますが、NHKやBSで放送している『奇跡のレッスン』という番組をご存知でしょうか?
ほとんどテレビを見ない私ですが、この番組は大好きで録画して何度も見返すことも少なくありません。

この番組では、毎回異なる分野について世界的に有名な教育者やプロフェッショナル(指揮者やシェフなど)をコーチとして招き、幼稚園生から高校生まで回ごとに異なる年齢・バックグラウンドの子どもたちを一週間指導する風景を描き出します。
私が特に好きな回の中に、イタリアのアーティスト兼指導者であるブルーノ・ムナーリの愛弟子を招き、東京の図工教室に通う幼稚園~小学校低学年の子どもたちを指導する様子を映したものがあります。

このブルーノ・ムナーリメソッドは単に「子どもたちの芸術的な力を伸ばす」ことを目指すのではなく、「”自分の頭で考え、他人を尊重できる大人”を育てる」ことを目的にしているようです。

たとえば、子どもたちに自分の作品を客観的に観察させ、結果(上手いか下手か)ではなく、プロセスがどうだったかを振り返らせます。
また、他人の作品も見つめさせ、そこからどんなヒントをもらえるか、それを活かして自分の作品にどう手が加えられるかを考え、実践させたりします。

芸術教育が単に手先の器用さを鍛えるものでなく、人間としての成長を促すツールにもなるというのは私にとってはとても新しい考え方であり、心を揺さぶられる内容でした。
(考えてみれば、幼少期にシュタイナー教育を受けていたんですけどね…)

「フォルケホイスコーレで芸術教育を受けたい」

私がフォルケホイスコーレで取り組んでみたいと考えていたことの一つに、「アートを通じて自分の凝り固まったクリエイティビティをよみがえらせる」というものがあります。
その構想は、まさにこの『奇跡のレッスン』の一話から得られたもの。
そして、まさに今、アートのクラスでそれを体験しているところなのです。

今通っている学校を選んだ大きな理由として、「アートを通じてクリエイティビティを解き放つ」ということを学校が謳っていたことがあったのですが、実際には学校に来てから本当にアートを選択科目として選ぶべきかどうかかなり迷いました。
なぜなら、通常アート(Vedic Art)を教えている先生が学期の途中まで休職しており、現役のプロのアーティストが代理で指導することを知ったからです。

プロの芸術家に教われるなんてラッキーなことですが、迷ったのは、彼が「何をやるかは決まってないよ。それぞれが興味のあることをやればいい」という衝撃的な一言を放ったから。(学校が普段提供しているVedic Artには決まった型があり、それを一定期間倣うことで、最終的には脳で制限をかけることなくアートを生み出せるようになるようです)

小学校低学年以降、図工や芸術の授業を敬遠してきた私にとって、”興味のあること”なんてあるはずありませんでした。

フォルケホイスコーレのアートクラス

毎週月~金5日間の授業のうち、4日間の午前中2時間はアートのクラスです。

実際に授業に行ってみたら、ベースとなるテーマ(ポートレートやチャコールドローイング、アクリルペインティングなど)は用意されておりほっとしたのですが、それ以外のテーマに取り組んでいる生徒もいますし、同じテーマに取り組むにしても描く対象は異なるので、基本的に個別指導です。

クラスの様子

初日はチャコールドローイングに取り組んだのですが、大半のメンバーが初体験なのにも関わらず事前の指導はなく、いきなり一人の生徒を椅子に座らせ、彼女をモデルにして他のメンバーにポートレートを描かせる時間が設けられました。

当たり前ですが、出来上がった作品は紙の向きからサイズ、チャコールの使い方に至るまでバラバラです。

先生がざっと見て回りながら個別にフィードバックをし、全体の前で何名かの作品を取り上げて批評します。
批評といっても、「彼のは上手い。こんな風に描くのがよい」といった内容ではなく、「彼女のはエネルギッシュで開放感を感じるし、彼女のは繊細だよね。作品にはその人のパーソナリティも表れるから面白い」など、色々な描き方があることを共有し、肯定するようなものです。

人生初ポートレート

次の授業では、先生が生徒たちの前で自ら簡単な作品を描くことでチャコールの使い方を見せ、また別の作品(自分自身のポートレート)に取り組むことになりました。

作品に取り組み始めると、最初の数十分はひたすら一人で取り組む時間になります。
進度を見ながら先生が個人の席を回り、フィードバックやアドバイスをしていきます。

この時に印象的だったのが、先生が「いいね。で、君はどう思う?(Do you like it?)」という問いかけをすること。
こちらの反応を見て初めて、一歩進んだフィードバックをくれます。たとえば、「目と鼻の位置が変な気がする」と伝えると、「これじゃ鼻が長すぎだね。それに唇はこうした方がいい。あとは、顔のここに影が入っているのは不自然だね」などという言葉が返ってきます。

ブルーノ・ムナーリメソッドに通じますが、「君はどう思う?」という問いかけには、受動的にお手本をなぞっていては答えられません。
自分がオーナーなんだという気持ちで自分の絵を客観視しながら描かないと、一方的に先生に批評を求めてそれに従って進めることしかできなくなります。
(生徒の中には、「この後どうすればいい?」と先生に一方的な助言を求める人もいますが、先生は必ず「おお、だいぶ進んだね。で、君はどこが気になってる?」といった風に、本人にまず批評をさせるように促します。)

この、自分がコントロールしているという感覚が、取り組みをチャレンジングで面白いものにさせる大きな要素であることを実感しました。

人間らしいけど似てはいないと言われた自画像

また、繰り返しになりますが、人によって取り組んでいるテーマ(鳥のポートレートをペイントする生徒の横で、人のポートレートをチャコールで描く生徒がいるなど)もしくは対象(同じ人のポートレートでも自分自身を描くので対象はバラバラ)が異なるため、当然ながら他者の作品との比較はありません。
先生からのフィードバックは、各生徒自身の進度に焦点を当てたものになります。
「目と鼻のバランスが随分よくなったね。人間っぽくなってきた。君はどう思う?」など。

生徒同士も時々手を止めて互いの作品を覗きに行き、「ここがいいね」だったり、「ここをこうしたらもっとよくなるかも?」などとコメントをし合ったりします。今日は私が何種類かの青の絵の具を混ぜ合わせて作った色を見て、それを分けてほしいと他の生徒が近寄ってきました。

こうなると、クラスメイトと比較してどうだとか、先生の目から見てどうだとかは気にしようがなくなり、ひたすら自分の納得のいく作品を仕上げることに注力することになります。結果、無心で取り組み、その時間を楽しむことができるのです。

他との競争や一律のゴールがあるのではなく、あくまで自分の中の進歩を感じるために目の前のものに向き合うというのも、取り組みを純粋に楽しむための重要な要素であることを感じます。

また、こちらもブルーノ・ムナーリメソッドに通じますが、他者は自分の敵ではない、というよりも。自分とはまったく異なる個性や能力を持った存在であり、だからこそ面白いのだという風に自然と感じられるようになってきます。

今取り組んでいる鳥のペインティング

授業は先生が一人で作るもの?

ここまでがアートクラスの話ですが、授業の進め方でもう一つ特徴的だと感じるのが、先生も生徒も、授業は「先生と生徒の両方で作り上げるもの」という感覚を持っていることです。

日本の学校の授業のように、先生が毎回完成したシナリオを用意し、それに従って授業を進め、生徒はそれを板書する、といったようなことはまずありません。
先生が、「前回の授業で話したことについて、その後何か取り組んでみた?」あるいは思い切って「さて、今日は何について話そうか?」と問いかけ、授業が始まることが多いです。
それに対し、生徒が自分の取り組みを共有したり疑問に思ったことを質問し、そこから授業の流れができていきます。

こちらもアートの授業と重複しますが、受動的な姿勢で先生が言ったことを何となく受け止めて思考停止していては話になりません。(他の生徒が対応してくれるので問題はないのですが、授業を活かしきることはできません)

学校に到着した直後、ある先生に「前に日本人の生徒がいた時に、日本人は先生をすごくリスペクトしていると感じた。ここでは先生と生徒はフラットな関係だから、フランクでいいからね」と言われたのですが、それは単に日常のやりとりのフランクさだけではなく、こういった授業への主体的な参加姿勢も指しているのかなと感じます。
私自身も苦手意識があり、4ヶ月かけて鍛えたい点です。

同時に、先生も教科書に記載された内容に限らず、最新の情報や関連情報含め、あらゆることを頭に入れていないと、あまりに恐れ多くてこのようなレクチャースタイルは取れないように思います。

70歳近いもしくはそれ以上の先生がほとんどなのですが、皆生命力とユーモアに溢れ、頭の回転が速く、何よりも自身の専門分野への並々ならぬ情熱の知識を備えており、「おじいちゃん」「おばあちゃん」という表現が似合わない人ばかりです。(普通に異性としても魅力を感じる人が多い(笑))

何となく科目を決めて先生になり、外発的動機でキャリアを重ねてきたのではなく、その分野に純粋な知的好奇心を抱き続け、自分の人生を豊かにするためのライフスタディとして知識や経験を積みあげてきたのではないかと思います。
こんな風に自分のライフテーマとキャリアをリンクさせたいものです。

フォルケホイスコーレの教育スタイル

最後少し脱線してしまいましたが、まとめると、フォルケホイスコーレの授業の特徴は「オーナーシップ」を求められるという言葉に集約されるように感じます。

授業内容ももちろん面白いのですが、学び方・学ばせ方が私が受けてきた日本の教育現場とは全然違って印象的なので、今回はそれについて書いてみました。

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